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ツアー日記メキシコ14年10月

2014年10月12日
お昼の12時に成田空港・第一ターミナルに集合。総勢37名からなるツアー・クルー。15時25分発のアエロメヒコ航空AM057便で到着地のメキシコ・シティを目指す。約12時間のノンストップ・フライト(成田からは週一便だけメキシコへの直行便がある)機内で今年上映されていたアメリカ版ゴジラを観る。
現地時間・同日14時15分、メキシコ・シティに到着。現地コーディネーターのササモトさんと合流。バスで宿泊地のホテル・フィエスタ・アメリカーナへ移動。車中から見る初めてのメキシコの町並みは見ていて飽きないが、あいにく携帯電話のカメラしか持ってきておらず、走るバスの中からということもあって、いい写真が取れず。
一時間ほどでホテルに到着。私の部屋は1605室の16階。シャワーを浴び、バーボンを飲みながら夕食のバイキングまで窓からの景色を楽しむ。
ホテルの夕食バイキング、肉料理とシーフードのグリルで豪華なり。渡航前、大駱駝艦の田村さんから、以前メキシコで、魚料理で腹をこわしたと聞いていたので、ものすごく美味しそうだったエビのグリルは我慢しTボーンステーキを2つとビールを飲む。
今日は出演しているオイリュトミー・メンバーのA.K.さんの29歳の誕生日。食堂でメキシコの音楽隊・マリアッチのサプライズ・バースデー・ソングのプレゼント。本人、バンドの人たちに囲まれて照れ照れ。
夕食後、向かいのお店でビールやミネラル・ウォーターを買い込む。
部屋に戻り、バーボンを少し飲り就寝。
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2014年10月13日
朝8時半にホテルをチェック・アウト。セルバンティーノ国際演劇祭の開催地・グアナファトを目指す。グアナファトとは原住民語で「カエルのいる場所」という意味らしい。バスで五時間の旅。車内ではササモトさんがメキシコの国の紹介や文化などを車内マイクを通してお話し。山岳地帯に勝手にブロックを積み上げて家を造り住み始めた、いわゆる「パラシュート部隊」と呼ばれる人々の話が印象に残る。ブロックを積み上げた家が完成し、家の設備等が完成したあかつきには、ブロックをカラフルなペンキで塗るそうで、そのためか山の斜面にはカラフルなマッチ箱のようなブロックの家がたくさん建ち並ぶ。
午後の14時すぎにグアナファトに到着。ホテルは町の外れにあるホリデイ・イン。
409号室に入室。窓の外はプールがある。
遅めの昼食。ササモトさんが現地の和食屋さんに発注した日本風の弁当。唐揚げや煮物が入っている。
15時、バスでリハーサル会場(Salon de Danza del Edificio de las Artes)へ移動し、第1回目の現地稽古開始。最初に案内された稽古場が学校の中庭(屋外)みたいな所(床はコンクリート)で、びっくりする(その後、手配の手違いと判明、ちゃんとして鏡とバーを設えたダンス・リハーサル室に案内される)
岩山が接近している、まさに大自然の中に囲まれた素敵な稽古場。
ダンス・シーンとオイリュトミー・シーンが同時に動けるほどスペースがないので、止めながらダンスとオイリュトミーを交互に動く。
18時に初日の稽古は終了。夕食はハムとアボガドのサンドとジュース。ダンス・チームのYoshikaが本日の稽古中に着ていたRolling Stones /14 on FireツアーのツアーTシャツが気になり、ダメ元で自分のケネディー・センターのTシャツと交換しないかと持ちかけると、あっさりとOK。これは大きな収穫であった。
夜は私たちが公演をする会場であるAudotorio del Estado劇場までイスラエルのダンス・グループ「LEV」の公演を観に行く。黒い全身タイツを着込んだ、奇妙な作品。時差と稽古の後のためか、半分ぐらい寝てしまう。
ホテルに戻り、バーボンを少し飲んで就寝。
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2014年10月14日
実に奇妙な夢を見る:
ドイツ・シュトゥットガルトの中華屋さんで食事をしていると突然警官が入って来て、身に覚えのない容疑で逮捕。即刻「死刑」を言い渡される。(おそらくシュトゥットガルト近郊の牧草地帯/アイヒェンハインかと思われるが、)牢獄は野外の牧草地に羊を囲むように柵を円形に施した、非常にゆるい監獄。野外で、広い牧草地に収監されているのは私一人だけ。そこに、私のオイリュトミー講座に参加されているIさんが「死刑囚への差し入れにはこれが一番なんだよ」などと言いながら、スルメやソーセージなどの酒のツマミみたいなものを持ってきた。
私は、日本では死刑宣告を受けると法的には6ヶ月以内に執行されなくてはならないが、宣告を受けてもその後何年、何十年も執行されずに収監され続ける現状を知り、そのような生殺しのような状況を喰らうのは勘弁してほしいと思い、看守から紙と鉛筆を借り、私の刑を即刻執行するように嘆願書を書いた。看守はそれを受け取ると、パソコンで正式な書面を作成し始めた。書面が完成し看守がプリント・アウトしようとすると、何度も試しても全く印刷されず、白紙が出てくるだけ。そうこうしていると今度は私の家の者が現れ、「お前(私のこと)のことだから早く刑を執行せよと嘆願書を書くだろうと思い、それを止めさせるために、刑の執行を中止するような嘆願書を持ってきたぞ」と言ってきた。
夢はここで終わった。
あまりにも印象に残った夢だったので、忘れる前にメモをしておいた。

朝7時に起床。ホテルの朝食を食べる。トースト、ハムエッグ、コーヒー。
午前中はホテル近くのコンビニ「OXXO」で部屋飲み用のビールをテキーラ、ミネラル・ウォーター、お菓子を買う。
13時に向かいの別のホテルで昼食のメキシコ料理のバイキング。
車が飛ばしまくる広い道路を集団で渡る。車が信号待ちの間、大道芸人たちが車の前でジャグリングやフワループなどの芸を見せて、ドライバーから小銭を稼いでいる。Akiraさん、「信号待ち大道芸人」に100ペソ(800円~900円程度)手渡す。これは彼らが一日で稼ぐ大体の金額。もらった芸人、さっさと道具を片付けて、本日の仕事終了。
バイキングでは牛肉の炒め物、鶏肉の炒め物、白身魚のフライ。あまりにも美味そうだったので、魚料理禁止(私が個人的に私に課していた)を破り、思わず食べてしまった。どの料理も大変美味しい。赤いハイビスカスのお茶は初めて飲んだが、食べ過ぎた胃をさっぱりにしてくれて、大変よろしい。
スクールバスみたいな車に乗り込んで、稽古場へ(15時~18時)前半はオイリュトミー、後半はダンスの稽古の2部構成で進める。ダンスでは第2と第4楽章を通す。
ホテルに戻り、Hiroko、kentaroと私の3人で隣のグリル・レストラン「Applebees」へ食事。ここは渡航前に確認していたレストランで、一度は行こうと決めていた。Hirokoはパスタ料理、kentaro、私はサーロインステーキ。美味かった。
ホテルに戻り、女子ダンサー4人組の部屋で飲み会。ウィスキーを一本空ける。
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2014年10月15日
よく眠り、午前11時に起床。すぐに昼食に。ササモトさんが発注したメキシコ料理の弁当。
鶏肉の炒め&豚肉の炒め物とライス。
発注していた照明器具一式が届いていないことが判明。運搬ルートであるハイウェイでタンクローリが横転し、丸一日道路が封鎖されてしまったらしい。
そのため舞台上では予定されていた照明の吊り込みとシューティングの作業が全く進まず。
14時半~17時リハーサル。通しを1回行う。その後、劇場下見へ。
上下(かみしも)のルート・チェック(奈落を通る)、出ハケの確認。特に上下のルートは複雑で、不安が残る。裸足では移動できないので、公演中、履物を用意して移動することに。
一時間ほど舞台で場当たり。
夜になっても照明機材届かず。
ホテルへのバスの中で夕食のサンドを食べる。フランスパンにビーフ・アボカドを挟んだもので、大変美味しい。
ホテルに戻り、tera部屋で飲み(テキーラ)
照明のMorishitaさん、舞監のラングさん、コーディネーターのササモトさん、劇場に残り、朝まで完全徹夜。深夜に個別に少しずつ機材が届く。
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2014年10月16日
午前中はOXXOで買い物(ビール)11:45に劇場に向かうため一旦ロビーに集合するも、照明のつりこみが終わっておらず解散。ホテルで待機。部屋の同居人、部屋で裁縫を始めるも、縫い針をカーペットの床に落とし紛失。必死になって探し出す。「縫い物はロビーでやれ!」と怒鳴りつけると喧嘩勃発。
子供の頃、私は縫い針をカーペットに落とし、弟に大怪我を負わせてしまったことがある。弟が裸足で踏んだ針は骨にまで達していた。
ロビーでその話を弟から聞いた同居人は、昼食のピザを持って戻ってきた。
その後、仲直りの印に外にコーヒーを飲みに出かける。
2時間ほど昼寝をし、17:30に再び劇場に向かうためにロビーに再集合。
移動のバスから警察の特殊部隊の車両を目撃。車両の荷台には機関銃を携えた団員が数名乗っかており、メキシコの治安の悪さを連想させた。
劇場に着いて、まず夕食。バイキング形式で肉料理をいただく(牛肉・鶏肉)美味い。
本来、この日の夜はメディア向けのゲネプロを予定していたが、夜になっても照明設営が終わらず、ゲネプロは中止。劇場のロビーで稽古を行う。ロビーの窓から見える風景、まさに絶景。かつてこの地域では魔女裁判が行われ、外に見える岩山では大勢の人が生き埋めにあったそうである。その遺体は、この地域の土壌に含む銀成分のため腐敗せず、ミイラとなって残っているとのこと。グアナファトには有名なミイラ博物館もある(残念ながら見ることはできなかったが)
ようやく夜中の11時から小1時間ほど、舞台に上がることができ、出ハケのチェック。
ホテルに戻り、テキーラを飲む。

2014年10月17日
いよいよ舞台でのゲネプロを一回も行わず本番初日を迎える。
朝9時半にホテルを出発、劇場へ。
午前中は2時間ほど劇場のロビーでストレッチ。12時に昼食(サンドウィッチ)
12時半に地元のラジオがAkiraさんにインタビュー。取材はドイツ語で行うとのことだったので、通訳を頼まれる。行ってみるとインタビューは英語で行うとのことで、急遽ドイツ語脳からイングリッシュ脳に切り替えて通訳をこなす。
お昼過ぎにようやく照明のシューティングが終わり、13時半から色作りがスタート。本番直前までかかり、メキシコにおけるハヤサスラヒメは文字通り「ぶっつけ本番」で公演が開演された。公演はテレビ収録され、後日、放送される(メキシコで)
初日は終演後、アフタートークが設定されており、観客から舞踏についてはもちろん、オイリュトミーやシュタイナーに関する質問が多数寄せられた。「真面目な質問が多かった」とはAkiraさんの弁。
23時にホテルに戻る。出演者・スタッフ全員で初日の乾杯をホテルの食堂で。夜中の1時頃部屋に引き上げるも、同居人としょうもない原因で喧嘩勃発。部屋に掛かっていた額縁の絵画は崩れ、エアコンも壊れる。
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2014年10月18日
本番2日目。
朝9時起床、シャワーと洗濯。トイレが詰まり、汚物がバスルームに散乱。ホテルの人を呼び、トイレ、ついでに夜中に壊したエアコンを直してもらう。
トイレとエアコンは直るも、昨夜の喧嘩を反省し食堂にて一人で日記をつける。喧嘩はどちらが悪い/正しいという類でもなく、しかし相手が傷ついたことだけは確かなので、何とか滞在中に時間を見つけて、その傷を癒さねばならない。
昨日の初日の公演記事が新聞に載る。
12時15分ロビー集合、劇場へ。
昼食は3日前に劇場からホテルへのバスの中で食べた、同じフランスパンにビーフ・アボカドを挟んだサンド。これは本当に美味しい。にんにく風味のソースをつけて食べるとなおよろしい。
14時からテクニカル・リハーサル。テク・リハの最後の最後で、第二サスペンション(舞台の上方につりこんだ照明のバトン)の暗転が効かないトラブル。本番ギリギリまで、照明機材の配線チェック。
2日目の本番は、(私の感じでは)初日よりも全体のテンションが高かった。心配された本番中の照明のトラブルもなく、無事に幕を閉じる。
ホテルに戻り、サローンで飲み。コーディネーターのササモトさん、大のJEFF BECKファンで、大いにロック話で盛り上がる。その後、場所をtera部屋に移し、夜中までテキーラ。

2014年10月19日
10時にバスでグアナファト旧市街観光へ。班に分かれ、班単位で行動。ケーブルカーに乗り込み、高台から町全体を望む。その後、ショッピングを楽しむため、待ち合わせの時間を決めて、班を解散。これが今回、私にとっての最大のピンチとなった。始めの内は、自由にお土産屋さんを見て回っていたが、時々すれ違う他の班は、ちゃんと班単位で行動している模様。街合わせの時間を決めたとはいえ、時間通りに班のメンバーが現れなかったらどうしよう?班の解体を言い出したのは班長である私だし、何か班のメンバーにトラブルがあったら、その責任は班を解散させた私にある。
そんなことを考えだしたら、いてもたってもいられず、買い物を楽しむどころではない。一刻も早く街中から班のメンバーを探し出し、再び班を構築する以外に方法はない。
しかし結局、解散させた班のメンバーとは街中で遭遇することは出来ず、待ち合わせ場所で時間通りに班のメンバーが戻ってくるのを今か今かと待つことにした。
しかし不安は的中、約束の時間(13:10)になっても誰も現れず、ようやく10分過ぎてポツリポツリと班のメンバーが現れだした。私の心配をよそに、みんな楽しそうな表情をしている。遅刻したことを怒鳴りつけてやろうと思ったが、もともと班の解体という行動に出たのは私なので、グッと堪えた。何より、なんのトラブルもなく、再集結出来てほっとした。
お昼は公演全体の打ち上げを兼ねて、旧市街のメキシコ料理レストラン。
ここでは今まで飲んだ中ではベストと呼んでもよかろうマルガリータを飲んだ。
前菜はアンチョペパローニ(唐辛子のパスタ詰)、テキーラ風味のエビスープ、メインは肉か魚が選べて、私はゴマをまぶしたマグロ・ステーキを選んだ。
肉を選んだ人は、豚のもも肉ソースかけで、その大きさには唖然。一人分が1.5リットルのペットボトルぐらいの大きな骨付きのもも肉である(ドイツ料理のアイスバインに似ている)
ところでグアナファトの街を歩いていると、公演を観たという人がたくさん話しかけてくれた。写真を一緒に撮らせてほしいという人も。2日間の公演で3千人の人が舞台を観てくれた。
旧市街散策中、一昨日の喧嘩相手の同居人とゆっくり時間がとれた。お互いの仲直りの確認をし、記念にお土産を交換する(私は赤と青のカバンを贈った。メキシコらしいカラフルなやつ)
16時にホテルに戻り、17時にチェックアウト、メキシコ・シティまで5時間のバスの旅。
22時に初日と同じホテルに到着、今回は2409号の24階の部屋。
すぐにホテルのバイキングに向かい、ステーキを3枚、あと初日には我慢していたシーフード料理(エビのグリル)を満足いくまで食べる。
24階からの夜の街の絶景を楽しみながら、部屋でテキーラ。
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2014年10月20日
朝10時にチャーターしたバスでテオティフアカン遺跡へ。
月のピラミッド、太陽のピラミッド、死者たちの道を巡る。太陽信仰をもった民の遺跡と聞くが、私的には太陽信仰ではなく、月の信仰ではないか?と感じた。太陽、月の両方のピラミッドを登ったが、月のピラミッドの方が建造物としても、そして建てられた位置としても、そう思わせる感じがした。
遺跡に着いた時、雨が降っていたが、ひとたび雨が上がり日が差すと、濡れた大地から水が蒸発していく様子がよくわかる。これが何とも神秘的な雰囲気で、大地から蒸気が上がっていくのがはっきり見えるのである。
午後の三時にホテルに戻り、遅めの昼食。
ところでインターネットによるとメキシコは現在、紛争地域を除くと最も危険な国であるらしい。今回のツアー中、それを思わせるようなトラブルや雰囲気はほとんどなかったが、
同じテーブルで食事をとったハヤサスラヒメの舞台監督/ラングさんによると、彼は今回、深夜タクシーで劇場からホテルに戻る際立ち寄ったコンビニ(日中、我々もよく利用していた同じ店舗)では、車からお店に入るまでの間、ラングさんを囲むようにマシンガンを持ったボディーガードが左右前後を固め、襲撃に備えたとのこと。グアナファトで開催されるセルバンティーノ国際演劇祭は国をあげての大イベントで、そこに参加するアーティストやスタッフに万が一のことがあったら、国際的な問題に発展する可能性もあるらしい。
そういった意味で、今回のメキシコ滞在は全期間、不安なく過ごせたが、これもフェスティヴァルを運営している人たち、そしてコーディネーターのササモトさんの我々の知らないところまで気を配る、サポートによるところが大変大きい。
本当に有難うございます!
20日深夜23:55発のアエロメヒコAM058便で成田へ。
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